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Date : 2012.01.10 (Tue) 16:41 / Category : from:dK(不定期呟記) Title : "好き"は"慈しむ"ことと"イコール"じゃない。 | |
――もうどれくらい前になるだろうか。
私が自分自身の《好き》対象との向き合い方や思いについて触れた記事を読んだ方達から、当時――こんな主旨のメッセージを頂いたことがあった。
「"好き"に理由なんて要るんですか? "ただ"好きっていうんじゃいけないの?」
そういったメッセージが寄せられるに至った理由も、おおよそ見当はつく。
件の記事には「《ファン》は自身が《需要》であるという事の意味について考えたり、その事自体にもう少し自覚を持ってもいいんじゃないか」といった旨を含ませてあった。……なので、さしずめ「自分の"好き"対象との接し方を否定された ⇒ "私"を否定された」といった具合に私の記事は捉えられてしまったのだろう、と。
……で、書き手として――その後、自分なりの《返答》を私は私なりに考えていた。それを《続きを読む》以降の本文に綴っておく。まあ、もしかすると前記のようなメッセージを送信してくださった方達は、もうこのBlogをご覧になっていないのかもしれないが、それならそれで構わない。
私が自分自身の《好き》対象との向き合い方や思いについて触れた記事を読んだ方達から、当時――こんな主旨のメッセージを頂いたことがあった。
「"好き"に理由なんて要るんですか? "ただ"好きっていうんじゃいけないの?」
そういったメッセージが寄せられるに至った理由も、おおよそ見当はつく。
件の記事には「《ファン》は自身が《需要》であるという事の意味について考えたり、その事自体にもう少し自覚を持ってもいいんじゃないか」といった旨を含ませてあった。……なので、さしずめ「自分の"好き"対象との接し方を否定された ⇒ "私"を否定された」といった具合に私の記事は捉えられてしまったのだろう、と。
……で、書き手として――その後、自分なりの《返答》を私は私なりに考えていた。それを《続きを読む》以降の本文に綴っておく。まあ、もしかすると前記のようなメッセージを送信してくださった方達は、もうこのBlogをご覧になっていないのかもしれないが、それならそれで構わない。
Category : from:dK(不定期呟記) | Posted by : dK
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